2008年8月23日土曜日

ダライ・ラマ14世:仏でも人気 大統領夫人と記念撮影

ダライ・ラマ14世:仏でも人気 大統領夫人と記念撮影
(毎日新聞 2008年8月23日 12時35分(最終更新 8月23日 12時53分))


ダライ・ラマ14世:仏でも人気 大統領夫人と記念撮影
 フランス訪問中のチベット仏教最高指導者、ダライ・ラマ14世は22日、南部ロクルドンドで仏教寺院の開院式典に出席。サルコジ大統領のカーラ夫人とともに笑顔で記念撮影に納まった。
 2人は寺院の周囲を回り、ダライ・ラマは夫人の首に、チベットの儀式で歓迎の意を示す白布「カタ」を掛けた。ダライ・ラマの人気はフランスでも根強く、メディアは連日動向を報道した。【パリ支局】
毎日新聞 2008年8月23日 12時35分(最終更新 8月23日 12時53分)



フランスで22日、仏教寺院の開院式典に出席したダライラマ14世(左)とサルコジ大統領のカーラ夫人=ロイター 

2008年8月22日金曜日

チベット:ダライ・ラマ「18日のデモで中国軍が発砲」

チベット:ダライ・ラマ「18日のデモで中国軍が発砲」
(毎日新聞2008年8月22日)


チベット:ダライ・ラマ「18日のデモで中国軍が発砲」
 【パリ支局】フランスを訪問中のチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世は21日付の仏ルモンド紙に掲載されたインタビューで、「チベット東部のカム地方(中国チベット自治区、四川・青海・雲南省にまたがる地域)で今月18日にあったデモの参加者に中国軍が発砲した」と話した。
 AFP通信の取材に、ジュネーブ駐在のダライ・ラマの代理人は「事件は四川省甘孜で起きた」と話した。一方、記事には「140人が殺された」というダライ・ラマの発言が出ているが、ダライ・ラマ事務所はそのような発言を否定した。
 ダライ・ラマはインタビューで「3月の暴動以降、チベット自治区ラサで400人以上が殺されたとの目撃情報がある」と語った。

2008年8月15日金曜日

中国:北京の繁華街でフリーチベット 垂れ幕の5人拘束

中国:北京の繁華街でフリーチベット 垂れ幕の5人拘束
(毎日新聞2008年8月15日)

中国:北京の繁華街でフリーチベット 垂れ幕の5人拘束
 【中国総局】チベット支援団体「自由チベット学生運動」(本部・米ニューヨーク)のメンバー5人が15日、英語と中国語で「チベットに自由を」と書かれた垂れ幕(幅約4メートル、高さ約6メートル)を北京のビジネス街で掲げて、地元警察に拘束された。 AP通信によると、この団体に所属する米国人3人と英国人、カナダ人各1人が北京市朝陽区にある北京五輪の巨大な屋外掲示板の上から垂れ幕を掲げた=写真・AP。

2008年8月14日木曜日

中国:チベット抗議 拘束の日本人も送還

中国:チベット抗議 拘束の日本人も送還
(毎日新聞2008年8月14日)

中国:チベット抗議 拘束の日本人も送還
 【北京・浦松丈二】北京の日本大使館に入った連絡によると、北京で中国政府に抗議するチベット支援団体の活動に参加して拘束された日本人女性、ペマ・ヨーコさん(25)=ロンドン在住=は14日未明、欧州行きの航空機で送還された。一緒に拘束された米国人7人も13日夜の米ロサンゼルス行きの航空機で送還された。

2008年8月11日月曜日

【いきいき】チベット交流会代表・西依玉美さん

【いきいき】チベット交流会代表・西依玉美さん
(産経新聞2008.8.11 08:04)
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/080811/trd0808110806003-n1.htm


【いきいき】チベット交流会代表・西依玉美さん
 ■病気も忘れて支援に奔走
 先月末、横浜での国際交流イベントで、チベット騒乱のチベット人犠牲者の写真を展示した。「何人もの血まみれの射殺体。でも、多くの人が顔を背けることなく涙をためて写真を見、チベット弾圧の説明に真剣に耳を傾けてくれました」
 平成3年、チベット観光にあこがれて在日チベット人の映像祭を訪れた。「そこで初めてチベットが中国に侵略・支配されていることを知った。私が生まれる前から弾圧の犠牲者が続出している現実を知り、愕然(がくぜん)としました」
 弾圧で多くのチベット人家族が離散する姿が、自らの生い立ちと重なった。戦時中、奄美大島から沖縄に出稼ぎに行った父親が現地で母親と結婚し、西依さんら4人の子供が生まれた。「終戦後、米国統治となった沖縄から、父は3歳の私と2番目の姉だけを連れて奄美に戻りました」
                   ◇
 平成5年に「チベット交流会」を設立し、講演会、展示会、映像祭、料理教室、コンサート、語学教室…を横浜を中心に続ける。チベット亡命政府の駐日大使に相当するラクパ・ツォコさん(50)=ダライ・ラマ法王日本代表部代表=から亡命政府刊行書籍の翻訳も依頼され、『チベットの現実』『ダラムサラと北京』に続き、『中国圧政下のチベット50年』(仮題)の来春刊行もめざす。
 来年3月は8万7000人のチベット人が殺害された首都ラサでの反中民族蜂起、4月はダライ・ラマ14世がインド北部ダラムサラで亡命政府を樹立して半世紀の節目なのだ。
                   ◇
 すべての活動が順調だったわけではない。夫婦間の軋轢(あつれき)もあった。11~12年には吐血や半身マヒなどで「半分死にかけた」。今年初めにも吐血や極度の貧血などで入院した。原因は不明だが、輸血で調子が戻ったころ、チベット騒乱が起きた。「体調は万全ではなかった。でも今動かなければ、今までやってきたことはどうなるの、という一心で活動を再開しました」
 ラクパさんを招いた講演会、中国のチベット弾圧への抗議署名集め、長野・善光寺周辺でのチベット支援催事協力…。週3日はパートも続ける。「週1日は休養日にしていますが、この日はもう何もできません」
 半面、長野市鬼無里(きなさ)への移住が間もなく実現する。古民家を400万円で購入し、少しずつ続けたリフォームが今秋で終わる。「鬼無里は酸素が濃い。体にいいですよね。子供のころの自分に戻る場所なのかも。都会に疲れた人や地域のためにも活用したい」。移住計画を聞いた善光寺関係者から「長野のチベット支援活動が活発化する」と、早くも待望論が巻き起こっているという。
 「最近、表情が明るくなったって皆から言われるんですよ。ダライ・ラマ法王の『敵だけが忍耐と寛容と慈悲を教えてくれる最良の友だ』という言葉を実践してきたおかげかしら、アハハハ…」。屈託のない笑みがこぼれた。
 文 八並朋昌
                   ◇
【プロフィル】西依玉美
 にしより・たまみ 昭和33年4月生まれ、50歳。高校卒業後に上京、神奈川県の複写機メーカーに就職し、20歳で職場結婚。3歳で生き別れた母親らと3年前に再会した。28歳を頭に社会人の3男1女が、チベット交流会の活動を手伝うことも。チベット人や国内の支援組織に幅広い人脈を持つ。
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2008年7月28日月曜日

「北京五輪反対」、亡命チベット人がハンスト - 北京五輪2008

「北京五輪反対」、亡命チベット人がハンスト朝日新聞2008年7月28日21時51分http://www2.asahi.com/olympic2008/news/TKY200807280351.html?ref=reca



「北京五輪反対」、亡命チベット人がハンスト
2008年7月28日21時51分
北京五輪反対の座り込みをする亡命チベット人の僧侶たち=ニューデリー、小暮写す 【ニューデリー=小暮哲夫】インドのニューデリーで28日、亡命チベット人が北京五輪に反対して無期限のハンガーストライキを始めた。ハンスト開始に先だち、チベット人僧侶約200人が抗議の座り込みをした。
 若者6人が「600万人いるチベット人の苦境を代弁する」として、テント内で食事も水も取らずに抗議。国際社会に五輪ボイコットを、中国には弾圧中止や国際調査の受け入れなどを求めている。
 亡命チベット人組織「チベット青年会議」が企画。青年会議はチベット独立を求める急進派だが、リグジン総裁は「非暴力の活動を続ける」と話した。

2008年6月20日金曜日

チベット選手五輪に出られず 女子エイト、出場権逃す

チベット選手五輪に出られず 女子エイト、出場権逃す
(朝日新聞2008年6月20日)
http://www2.asahi.com/olympic2008/news/KYD200806200004.html


チベット選手五輪に出られず 女子エイト、出場権逃す
2008年6月20日21時20分
 北京五輪で600人規模となる中国選手団にチベット民族からの選手は含まれないことが20日までに確実となった。ボート女子エイトの中国が18日までポーランドで行われた五輪世界最終予選で出場権を逃し、同民族ただ一人の五輪代表となる見込みだったコックスのズレンジ選手(26)の参加がなくなったため。
 中国の国家体育総局は一昨年から男女エイトのコックスを一般公募。ズレンジ選手は男女の応募者約1万7千人の競争を勝ち抜いた。総局もチベット暴動後の今年4月に同選手の存在を公表するなど「民族融和」のアピール役としても期待されていた。
 20日に帰国したズレンジ選手は共同通信に「惜しいレースだった。たくさんの人にチベットのことを理解してもらうために五輪に出たかった」と無念そうに話した。(共同)